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趣味を楽しむ上に於いては、古来貴賎の分かちなし。 明治時代の初
期 麻布広尾に増井
正義という者がおりました。 幕府の下級武士だった正義は維新の後、元老
院の小吏(しょうり)
を勤めた事もありました。若い頃から植物の栽培が好きで、草木の培養や
盆栽の作り方な
ど 本職も及ばない程, 官を辞して専ら草木の栽培を業とするのに至りまし
た。
有栖川幟仁(たかひと)親王は、園芸の趣味をお持ちで、特に松の盆栽を
好まれました。
長年育てた寄せ植えの松を分離させたく、、植え替えを家臣に命じても、失
敗を怖れ進んで植
替えする者は、おりませんでした。 家臣の中に元老院の頃より正義を知
り、その性行及び
技量を言上しました。 殿下は直ちに、召し出させました。 正義は御面前で
松を植え替え樹容
を矯めれば、その出来映えに殿下大変満足され、その後しばしば正義を召
されて、園芸を楽し
む相手とし、又、折々酒肴を贈られ、正義はこの上ない光栄と感激しまし
た。
明治13年10月15日 殿下は馬車で正義の園に行かれ、 草木をじっくり
とご覧になり、その
中の宿り木のある松に心を引かれた様子でした。 殿下が京都に住んでい
らした時に庭園の
老松に、 毎年宿り木の白い花が咲き多くの実を結んでいたのを思い出さ
れたとの事でした。
正義はその宿り木のある松を献上し、殿下も喜んで受け取られ、正義の園
を群芳園と命名し
宿り木の歌を読み、、御帰館後に園名を額に宿り木の御歌を掛け物に御染
筆され、正義に
下されました。
以後代々、この額と掛け物を家宝とし 現在は横浜の群芳園に飾られており
ます。
この写真がその額です。
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